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更新日 19.9.7
※●印が最新情報です。
●『館だより42号』発送準備中です。お楽しみに。
湯之奥金山を世界遺産登録記事が新たに地元新聞に大きく紹介されましたので、 記事全文をご紹介します。博物館では夢実現に向けてご来館いただく皆様に賛同署名をお願いしています。
「黄金の国ジパング」を世界遺産に―。西八代郡下部町の中山、内山、茅小屋の三つの金山遺跡の世界遺産登録を目指して活動している県内外の有志が、同様の運動をしている国内の主要金山の活動を一本化し「東国の金山遺跡と黄金文化」と位置付けて、世界遺産登録を目指す活動に乗り出した。
江戸時代を代表する金山之新潟県佐渡島や、奈良時代に国内で初めて金を産出したという宮城県涌谷町、戦国時代に「甲州金」として名をはせた湯之奥金山などを、ひとまとめにして
世界にアピールしようという考え。日本の金山の歴史を一つの枠組みと捉え、主要な金山遺跡が連携する形で、10年後の世界遺産登録を目指す。
西八代郡下部町の中山、内山、茅小屋の3金山遺跡(総称・湯之奥金山)を世界遺産に登録しようと、県内外の有志が活動をスタートさせた。
湯之奥は砂金採掘から鉱石の採掘に移行した時期の先駆け的な金山で、「遺跡としての保護や整備につなげたい」として、登録の運動に取り組むことにした。
関係者によると、昨年は西日本を代表する石見銀山(島根県)が世界遺産の暫定登録を受けていて、湯之奥金山遺跡は東日本の由緒ある金山遺跡として登録への期待が高まっているという。
武田信玄の甲州金など、金は県民にとってゆかり深い。メンバーは今後、行政や関係機関に働きかけ、登録実現に向けて組織的な運動に広げていきたい考えだ。 先ごろ、博物館では春日居町にお住まいの奥山さんの御好意により、貴重な資料を寄託していただきました。
その内容として6月14日、「山梨日日新聞」に記事が掲載されましたので全文を抜粋して、ご紹介させていただきます。
『東山梨郡春日居町加茂の農業奥山源栄さん(81)は15日までに、代々収集、所蔵していた室町時代末期から江戸時代まで甲州地域限定で通用した甲州金や江戸時代の金貨など123点を、
西八代郡下部町上之平の甲斐黄金村・湯之奥金山博物館(谷口一夫館長)に寄託した。貨幣は戦国時代から元禄期に製造された古甲州金、新甲州金(宝永―享保期)、江戸時代の大判、小判を年代的にほぼ網羅している。
古甲州金に関する文献はほとんどなく、現物も希少であることから、同博物館は「戦国期から江戸時代にかけての貨幣制度の変遷をたどるうえで極めて重要な史料群」としている。
同博物館などによると、甲州金は日本で初めて制度化された貨幣で四進法を採用している。徳川家康は甲州金の制度をモデルに、江戸幕府の貨幣制度を打ちたてたとされる。幕府は甲斐国を幕領とした江戸時代中期以降、何度となく
甲州金の通用禁止を試みるが、民衆の強い反発を受け、甲斐国内限って使用が許可された。
また甲州金のうち、古甲州金は、甲州の貨幣制度の草創期に製造された希少な貨幣。確認されているだけで百種類以上あるが、製造枚数や通用期間などは明らかになっていない。
奥山さんから寄託された貨幣には、造幣を請け負った金座の姓「松木」の極印が入った「壱分判」など、古甲州金21点が含まれる。中でも金の塊を打ち延ばして製造された「石目打ち」の古甲州金は珍品とされる。
このほか裏面が通常と逆に刻印されている「逆桐」の弐分判、江戸時代の貨幣では、権力者が贈答用に浸かった「享保大判」「万延大判」などがある。貨幣以外に一度に壱分判80枚を計量できる「銭升」、貨幣に含有する金の純度を11段階で測定する
「試金針」も含まれている。
奥山家の貨幣の所蔵品は、奥山さんの祖父と父=いずれも源蔵さん、故人=が2代にわたり収集した品。奥山さんは「二人がこつこつと長い期間をかけて集めた。研究などに広く活用して欲しい」と話している。
今回の寄託は同館で今春開かれた企画展「金貨~甲州金から幕府の金へ~」で奥山家所蔵の貨幣を展示したことがきっかけ。寄託期間は2003年5月までの1年間で、その後も更新していく予定。同館は、警備体制などを整えた上で展示する。
日本の金貨研究の第一人者で、早稲田大学非常勤講師の西脇康さんは「奥山コレクションは量、質ともに充実していて、貨幣単位ごとに貨幣がそろっていることに驚かされる。古甲州金から新甲州金への移行過程を研究する上で、貴重な史料となる。
コレクターの人柄をしのばせる堅実な収集品であり、甲州の金貨を甲州の人が集めたことにも意義があるのではないか」と話している。』6月14日付「山梨日日新聞・社会面より」