第七編 教育と文化総説本年は、日本が明治の黎明を迎えてから、時あたかも100年目にあたる記念すべき年である。この時点において本町における明治以前の教育および学制発布前後の教育、ならびに文化の歴史とその変遷発達のあとをふりかえってみることは、誠に意義あることである。 ここで、われわれは本町の教育と文化を述べるにあたり、学制以前の教育・学制発布以後の家庭教育・学校教育・社会教育・史跡名勝と文化財および文芸と芸術の六つの角度から歴史的に調査研究して、各時代における6部門の様相を記述しようと考えたのである。 それは一面において各時代を通じて流れる、本町町民の教育および文化に対する関心、態度をうかがうことができるとともに、将来への展望の資料ともなり得るであろうと思われるからである。 第一章 本町教育の概況第一節 概説本町には、その昔日蓮聖人の身延山入山以来、久遠寺を中心とする名僧の教化があり、また下山に居を構えた穴山氏等のすぐれた文化遺産などがあり、ともに本町々民の誇りとして脈々と伝えられながら、本町教育文化の上に大きな影響を与えてきたのである。こうした基盤の上に、町当局並びに教育委員会の熱意と適切なる指導等により、各方面における教育が進展充実しつつあることは、まことに力強いことである。 町内における教育機関の主なものを挙げれば、新装なった殿堂に、古い歴史をもつ身延山短期大学および高等学校があり、また峡南地方きっての学園としてその伝統を誇る県立身延高等学校があり、またそれぞれの歴史を有し、地域の教育文化のセンター的役割を果たしてきた町立の5小学校・1分校・4中学校があり、幼児教育機関としては、私立身延幼稚園がある。 社会教育については、身延町中央公民館を中心として、下山・身延・豊岡・大河内の各地区にそれぞれ地区公民館があり、専任社会教育主事または公民館主事を配置してある。なお各地に部落公民館が設置され、社会教育の振興に当たっている。 |