第五章 身延山久遠寺の永世小作身延山久遠寺所有の土地総面積(台帳面積)は約1,794ヘクタールである。この土地の中に、身延山久遠寺永小作地、詳しくいえば、「永世小作委任申付地」なるものが約14.9ヘクタール存在している。 一、永小作権について元来永小作地といえば、永小作権を有する土地であって、「永小作」「永代小作」という権利を行使し、行使される土地である。この永小作権とは、小作料を支払い他人の土地において、耕作または、牧畜を為すことを得る権利をいい、20年以上50年以下の長期を要件とする権利である。 もし、これが20年以下ならば単に借地、または、小作地であり債権として(債貸権)取扱われるが、永小作権は物件として取扱われている。 その物件というのは、物と人との直接の関係である処の、占有権・所有権・地上権・地役権・抵当権・質権・それに永小作権等をいうのであって、直接、物の上に行なわれ、なお、他人に対抗することを得る権利であるとされている。 その内の、地上権とは、建物を建て、または、竹林を有するために他人の土地を使用する権利であって、この地上権は登記さえして置けば、その後、その土地の所有者が他の第三者とあらたに地上権の設定契約をなし、また、第三者に譲渡しても、かれこれ理屈をいわれる筋のないものである。 更にまた物件の内の所有権とは、完全に物を支配する権利であって、自由にその所有物を使用し、これより生じる利益を収め、およびこれを処分し得る権利である。 なお、地役権というのは、設定行為をもって定めた目的に従い、自己の便益のために他人の土地を使用する権利である。 このように、永小作権および、永小作権に類似した権利等を物件内から拾い挙げて見たのであるが、身延山久遠寺が今日、所有する所の「永世小作地」にあてはまるものは見当たらない。 もちろん、この永世小作権が、物件中の永小作権に属することは、法律上の解釈からいって当然であるが、その実際上の取扱い方が一般の永小作地と異なっているのである。 二、久遠寺の永世小作権の特長一般的に永小作地は、永小作権に基づいて、小作料を支払うのが義務であって、当然、法律がこれを認めている。しかしながら、身延山久遠寺の「永世小作地」には小作料が全く課せられていないのである。 いわば小作料の必要のない小作地として、身延山久遠寺永世小作委任申付地なる永小作地が存在しているのである。 それが今日、身延山久遠寺所有地の内に、約14.9ヘクタール残存しているのであるが、一般にいう永小作地が小作料支払の義務を伴うことを前提として呼称するとすれば、これには属さないところの特異な存在といわねばならない。 そこで今は、一般の「永小作」と区別し、「永世小作」として、これを考察して見ようと思う。 では、この永世小作地の税金(地租)は、土地の所有者たる身延山久遠寺と、永小作権権利保持者の、いずれが納付しているかといえば、土地所有者身延山久遠寺に代り、永小作権利保持者が納めているのであって、その地租納付告知書に「久遠寺分代納」と、永世小作地分に関する限り明記しているのである。 土地の所有者が納税義務を有することは、法律の定めるところ、当然であって、このように久遠寺に代り納付することは、永世小作権権利保持者が、その土地の所有権を持つことを意味するものではなく、どこまでも「代納」であるから、法律上は、久遠寺が納付していることとなる。 しかも、この土地に関する限り税金の滞納は全くない。今日現在、永世小作権権利保持者は、何の疑念も起こさず、当然のこととして久遠寺(土地の所有主)に代って納税の義務を果たしている。 では、この永世小作地には、何か別に制約が設けられているかといえば、これといって特殊な規定は設けられていない。唯、慣習化された規約が2、3存在するだけである。 その土地の売買・質入れ・譲渡等は、その権利行為を身延山久遠寺に届け出る限りにおいて自由である。 しいていうならば、この届出の際、戸長(現在は区長または組長)立会いの下に、身延山久遠寺が当該土地の検分をすることが慣習になっている位なものである。 (これは制約というよりも、その土地の地目、地積、由緒等の再確認のためであって、当然必要とするものである) これは、永世小作委任申付制度の創設当初に定められた。 現今、小作進退人ト雖モ時盛衰ニ依テ売買致者ハ久遠寺並戸長ニ於テ実地検査ヲ遂可受許可モノトス
によったもので以来今日に至るまで、習慣化したものである。なお、この永世小作地の当初の地目を変える(使用目的変更)際も、身延山久遠寺へ届け出て、その検分を受けることが不文律の定めになっている。 (これも、所有者久遠寺が、当該土地の法律上登記上の地目地積変更等の手続きの行為を実施するために必要なことである) こうして見ると、身延山久遠寺は永小作地の法律上の完全なる所有者でありながら、何の収益もあげていないことになる。 小作料(小作入付)を受領せずに無償で他人(永世小作地権権利保持者)に、その所有地を貸して、しかも、その期限は永代である。 そこが、一般の永代小作又は永小作の土地と異なる点である。 もっとも、解しようによっては、公租課出を代納させることにより、その代納(税)金が小作料(小作入付)あるいは、貸地料であると解釈せられないこともないが、実質には、所有者身延山久遠寺の収益として認められるものではないのである。 身延山久遠寺の永世小作地の持主は、これを証する「永世小作委任申付証」という、券状を所持し、その権利を保有確保している。身延山久遠寺では、土地管理部において永世小作地券台帳を保管し、その移動、変更等の記載事務を取扱っている。 だから、申付証の券面記載上から、身延山久遠寺永世小作地券進退人と呼称されている。すなわち、地券保持者(以下こう呼ぶ)であり、権利保持者である。 (ただし、券状を所持するだけでは権利保持にはならない。久遠寺保管の地券台帳に登載され、承認されなければ権利保持者として第三者に対応できないことになっている) この地券保持者から見れば、永世小作地は、地租を代納している限りにおいては、所有権と何等異ならない権利を有すると解している。ただ身延山久遠寺の土地なるがゆえに、その所有権を犯すような行為(所有権の売買、譲渡、質入れ等)は、できないことを認識している。 ただし、「永世小作地権」の権利そのものの売買・譲渡・質入れ等が許容され、その行為の際は、当該土地において、土地の所有権と同等の価値判断がなされる故に、何等不都合は生じないのである。 いわば、永世小作地に限り、法律上の土地所有権の有無(所有権移転登記・売買登記等の法律上の行為)は、考慮する必要がないのである。 いいかえれば、身延山久遠寺の私有地内における行為であるから、その所有主たる身延山久遠寺が承認さえすればよいこととなる。 もし、地券保持者に移動があった場合は、その地租納付者(久遠寺分代納者)を、旧名儀人から新名儀人に変更する手続きを行なうのが、身延山久遠寺の義務であることから推して考えてもいたることである。 そこで、身延山久遠寺における土地管理(身延山久遠寺所有地の管理)は、永小作地券保持者の土地財産保護の役割を果たしているように思うのである。 |