第二節 名勝

一、県指定のものその他

(一) 身延山久遠寺水鳴楼前庭 (久遠寺境内)(巻首写真参照)
 水鳴楼前庭は、鶴亀蓬菜様式の池泉庭園で、文明6年(1476)身延山第十一世日朝上人代の作庭とも考えられ、旧書院に面した身延山の一角、大自然に人工の美を加え、遥かに鷹取山の翠緑に対し、山水の風趣掬すべき名園である。山上の奇厳より淙々として落下する飛瀑は長舌泉、満々としてたたえられる池は真如海、池の中央の島は寿量島として松のみどりもこまやかに、浄身厳、白象厳、青獅巌等呼応して布置の美を極めている。(巻頭写真参照)
  昭和44年9月12日町指定
(二) 覚林坊の庭園(身延東谷覚林坊境内)
 この庭園は、身延山第十一世日朝上人の隠居所覚林坊の庭園で、元禄年間(1690頃)同坊第十六世日俊上人代の作庭で、室町時代の規則的な中にも庶民的な感覚を覚える式のものである。三尊石の下、上の滝、下の滝より落下する水は心字の池に満ち、真鯉、緋鯉の遊泳するあり、拝石のあたり、松、桜、あららぎの繁茂する様、また心字池を中心に灯籠、奇石と古松かしわ、つつじなどの配置妙をきわめ、雅趣に富んだ庭園である。
 昭和41年6月1日町指定
(三) 七面山頂の御来光(七面山随身門前)
 夏なお肌寒い七面山で、未明に床をけって御来光を拝する参詣者は多い。
 明けやらぬ天地の間を、東の方からだんだん紅色を加えて来、はてしない雲は脚下に広がり、連山を埋め尽して高山だけが島のように山頂を少しずつ現わしている。
 やがて富士山のほとりから、金箭(せん)、銀箭と思われるような光がさしはじめ、太陽は密雲を破って躍り出る。その状景は筆舌にあらわしがたく、雄大な景観、荘厳な光景は何人も襟を正して敬虔(けん)の心で宇宙の神秘、創造主の霊力に心をうたれる。
 春秋彼岸の中日には富士山の頂の中心より昇る御来光を拝すことができる。