六、世界連邦平和運動と身延山

 身延山久遠寺86世法主藤井日静上人は、就任以来宗教者の立場より積極的に平和維持のための運動に尽力され、原水爆禁止運動や世界連邦建設運動の主唱者として活躍している。
 昭和40年6月にはサンフランシスコで開かれた第12回世界連邦世界大会に日本代表団名誉団長として出席され、「平和のための道義とその実践について」と題して講演した。その趣旨は、世界連邦という人類の理想を実現するためには民族的、国家的、イデオロギー的或いは宗教的自我を超越した高い次元と理念による人間改造が絶対に必要であり、そのために先ず各宗教が確執を去って世界連邦運動の中に話し合いの場を作るようにという画期的な、きわめて格調の高いものであった。
 上人の提案は翌日の全体会議で直ちに採択され、オランダのハーグにあるWAWF(世界連邦協会)の組織の中に宗教委員会が設けられ、42年ノルウェーのオスロにおいて開かれた第13回世界大会で初めての宗教委員会が開かれた。
 さらに昭和44年8月21日より2日間、藤井上人が自ら大会々長となり、世界連邦日本宗教委員会(会長朝比奈宗源)ほか諸団体の主催、協賛により身延山で世界連邦平和促進宗教者大会が開催され、日本の宗教史上はじめて各宗各派の宗教者代表二千人余りが「戦争なき一つの世界」という共通の理想実現のため一堂に会し、和気あいあいのうちにも真摯な論議を展開し、力強い宣言と決議を発表して大成功をおさめたのである。
 ここまで運動を盛り上げ、組織化することに成功した大きな原動力は、なんといっても藤井上人の偉大な人格と、91歳の老躯をものともしない火のごとき平和への宗教的熱意と卓抜な指導力に負うところが大きいのであり、ひとり宗門の歴史上にとどまらず、日本の宗教史上にも特筆大書されるべき業蹟である。
 藤井上人を名誉町民に戴き、世界連邦都市を宣言したわれわれ身延町民にとっても、全世界に誇り得るものというべきであろう。以下、世界連邦運動と、身延で開かれた世界大会の要旨を記す。
 世界連邦建設のための行動綱領
≪対世界目標≫われわれは日本国民であると同時に、世界市民であるべきことを確認する。すべての人類は信仰の自由、思想の自由はもとより、科学や文化の恩恵を享有することも含めて、個人のすべての権利は完全かつ平等に保護されなければならない。いまなお人類の大多数は飢餓、貧困、無知、疾病、さらに植民地主義、人種差別、資源の偏在などになやまされている。われわれは、これらすべての問題について国民同胞に対すると同様、世界市民同胞としての立場から対処すべきである。
≪対個人目標≫世界連邦思想の根元は、国境や人種や特定の宗教、主義を越えた人類全体に普遍な意識としての人類愛にある。この普遍的な人類愛と「全体の破滅をさけるという目標は他のいかなる目標にも優位しなければならない」という平和原則こそ、われわれの思索と行動の基本であり核時代の道義であることを確認する。政治、経済、外交、教育など、すべてにおいて、この普偏愛と平和原則が尊重されるべきである。
≪対国家目標≫われわれは、かつて廃藩置県によりわが国内における対立と抗争を解消し秩序ある法治国家として発展したことを想起する。国連憲章を改正して、世界法を制定し、世界警察、世界法廷を設置することにより世界連邦を実現し、各国の軍備を完全に撤廃することこそ第二のそして世界の廃藩置県である。正義と秩序を基調とする国際平和を希求して戦争を放棄したわが国の政府と国会は、世界連邦の達成を各国にさきがけて公式に、かつ誠意をもって国是とし外交政策の基本としてとりあげるべきである。
世界連邦建設同盟
 大会にあたり藤井法主は左のメッセージを身延町民に寄せ、大会への協力を訴えた。
 世界連邦平和促進宗教者大会を開催するにあたって
身延 藤井日静
 今日の文化は日に月に進むと共に、善悪両面が極度に激しい様です。
 過日アメリカは月に向ってアポロ十一号を打ち上げました。宇宙船は順調に飛行を続け、アームストロング飛行士等三名は月の岩石を採取する壮挙をとげました。この成功の裏には人々のたゆまざる研究と努力とがあり、文化の高度な発達に依ってなしとげられたものであります。
 しかしその反面に於いては、地球上の各所では血で血を洗う争いが絶えず、原子力兵器を持つ国家がボタン一つをおせば、全人類が全滅する悲惨事を招くことも必至であります。
 日本の国内に於いても学園騒動は続発し、ペンを捨てた学生は火焔瓶、ゲバ棒を持ち机でバリケードを造って、自ら学園を破壊する暴挙を続けています。過激な学生の行動は目にあまるものがあり、こうした思想が伝染病の如く蔓延するのを見た時国家の前途はまことに寒心に堪えない次第であります。
 或る外人は「魂を失った日本の繁栄」と評し「今日の日本人は、心理的にも哲学的にも根なし草の様に見える。過去と全く結びつかず、未来に対しても無関心で酔っぱらっている様に見える」と言っていますが、けだし至言でありましょう。
 今日の日本人に必要な事は国民精神の高揚と、宗教心によって人々の心の空洞を埋め合わせる事が肝要であります。
 イギリスの著名な世界連邦主義者アーノルド・トインビー氏は「これからの時代は宗教を必要とする時代である」と言われたが、精神界の安定なしでは地上の平和はあり得ません。また、宗教ほど個人の安心と人類の恒久平和を念願するものはありません。
 私は、昭和四十年六月二十二日、サンフランシスコにおける第十二回世界連邦世界大会に於いて「道義の実践」を提唱し、道義の実践こそ世界平和の根本理念であると考え話し合いの場をつくられる様に提案しました。私の提案は直ちに採択されオランダのハーグに世界連邦平和宗教委員会が設立され、昭和四十二年にはノルウェーのオスロに於いて第十三回世界連邦世界大会が開かれ、宗教委員会も開かれました。
 キリスト教に於ける十戒も、仏教に於ける浄仏国土の建設も、神道に於ける天道も、全てこの道義の実践であり、これが平和への道であると信じます。
 真の平和を招来するものは、すばらしい科学の発達と、それを方向づける世界連邦を実現させる宗教の力以外にはありません。これを換言すれば、真の世界平和を実現するものは、宗教意識にもとづく報恩感謝と社会奉仕以外にはあり得ないと信じます。
 来る八月二十一日・二十二日の二日間に亘って、各宗教共通の広場を設け、相互信頼と理解にもとづく平和への道をめざそうと「世界連邦平和促進宗教者大会」が、身延山久遠寺に大いて開催されます。
 ねがわくば、身延町々民の皆様におかれましても、この大会に御協力賜わらんことを切に御願い申し上げます。
 世界連邦平和促進宗教者大会(略称・世界連邦身延大会)
開催日時   昭和44年8月21日・22日(2日間)
大会々場   身延山久遠寺
主催   世界連邦日本宗教委員会
    世界連邦日本仏教徒協議会(会長 朝比奈宗源)
    キリスト者世界連邦協議会(会長 片山 哲)
    世界連邦建設同盟(会長 湯川スミ)
    身延山久遠寺(法主 藤井日静)
協賛   財団法人日本宗教連盟(教派神道連合会・全日本仏教界・日本キリスト教連合会・神社本庁・新日本宗教連盟)
日蓮宗
世界連邦日本国会委員会
世界連邦宣言自治体全国協議会
総括
テーマ
  世界の平和と日本
大会日程   ・第1日(8月21日)
     (開会式)
   
 (本会議) 藤井会長挨拶 ローマ法王パウロ6世・湯川秀樹世界連邦協会々長、佐藤首相・愛知外相メッセージ披露
(分科会)
1、宗教部会
  テーマ 世界の転換期に処する宗教者の使命
2、時局部会
  テーマ 日本の安全保障問題をどう考えるか
3、婦人部会
  テーマ 家庭の平和から世界の平和へ婦人の果たす役割
4、青年・学生部会
  テーマ 人間性の復興と世界連邦者の立場
5、教育部会
  テーマ 世界市民意識の育成について
6、都市・国会部会
  テーマ 都市宣言の精神をいかに浸透させ、いかに生かすか
・第2日(8月22日)
 (分科会)続開
 (本会議)分科会の報告と採択
      宣言・決議
 (閉会式)
大会
基調講演
  ・戦争と平和  上智大学理事長 ヨゼフ・ビタウ
    ・人間生存の理法と世界連邦  日本医師会長 武見太郎
 大会宣言(要旨)
 いかなる宗教も、人間の心の平安と世界の平和とを念願しないものはない。核兵器の脅威によって人類共滅の恐れさえあるのを思うにつけ、宗教者は宗派の垣をこえて結集し人類が生きるための大道を開かねばならない。われわれは全世界的に結合し、法治共同体としての世界連邦をつくり、戦争のない一つの世界を実現しなければならない。
 ここ身延山において、われわれ日本の宗教者は一堂に会し、諸宗教共通の広場を開発し、宗教協力の実を示すことを得た。まことに未曽有のことであり、新しい歴史をつくるものである。われわれはここに、世界連邦の方式による恒久平和への道を実践することを誓うとともに、これに協力するよう全世界の善意の人々に呼びかける。
 (大会決議)
一、 世界連邦世界協会(WAWF)加盟の各国において、それぞれ「世界連邦宗教委員会」を設置されるよう要請する。
一、 日本に世界連邦宗教センターの設立を期す
一、 自治体の世界連邦宣言運動と相呼応して各宗教・宗派による「世界連邦平和宣言」の行なわれることを要望する。
一、 国際連合の平和維持機能を強化して、世界の安全保障を確立することに協力する。
一、 青少年の宗教的心情をかん養し、世界市民意識の高揚をはかる。
 世界連邦身延大会宗教代表者会議共同コミュニケ
一、 われわれ日本の各宗教を奉ずるものは、日蓮宗管長藤井日静法主のお招きにより、身延山久遠寺に会同した。このように異なった宗教・宗派の代表が一堂に会し、世界平和の実現という重要問題について、胸襟をひらき自由に語り合ったということは、まことに未曽有のことであり、この機会を与えて頂いた藤井法主に心から感謝申しあげる。
一、 われわれは藤井法主の述べられた世界連邦身延大会発願の趣旨に心から賛同するものである。“戦争なき一つの世界”を具現するということは、仏教においては「仏国土の建設」であり、キリスト教においては「天国を地上にあらしめる」ことである。すなわち、いかなる宗教も、世界は一つ、人類は一体であるという考えの基盤のうえに立っており、これが実現を期そうとする努力は、それぞれの教義・宗憲に添うものであるという点で意見の一致をみた。
一、 われわれは宗教・宗派の垣をこえて相協力することの重要性について話し合った。国の内外には心を痛める対立・抗争が激化しているが、かかる事態は人間をますます不幸におとしいれるのみか、人類共滅への道に堕するものである。これまで平和への努力の足りなかった面を反省するとともに、今こそわれわれ宗教者は起ちあがり、断絶の状態におちいっている人と人との間を結び、人類の全世界的な結合を促進しなければならぬという意見が述べられた。
一、 ローマ法王がこのたびのわれわれの大会に対し懇篤なメッセージを下さったことを感謝する。かつて法王が「地上に平和を」の回勅のなかで、人類の安全と平和のために宗教者はただ祈るだけでなく「世界的公権の確立」を急ぐ必要がある旨を説示されていることを想起しつつ、近き将来ローマ法王がわが国を訪問されることを歓迎する。
一、 地方自治体が「世界連邦平和宣言」をそれぞれの議会で議決しているのと呼応して、われわれ宗教者もそれぞれの教団において、世界平和に関する何らかの宣言なり決議を行なうべきであるという意見が強調された。
一、 このような宗教代表者の会談が今後も継続して開催され、世界の平和について話し合う機会をもちたいという希望が披瀝された。また今回の会談が極めてみのり多いものであったことは、すべての参加者の一致した意見であった。
昭和44年8月21日身延山久遠寺大孝殿において
臨済宗円覚寺派管長   朝比奈宗源
大本山総持寺貫首   岩本勝俊
法華宗真門流管長   上田日丈
知恩院執事長   鵜飼隆玄
浄土真宗本願寺派門主   大谷光照
孝道教団統理   岡野正道
孝道教団副統理   岡野貴美子
元日本基督教団総会議長   小崎道雄
臨済宗妙心寺派管長   梶浦逸外
キリスト者世界連邦協議会会長   片山哲
日蓮宗宗務総長   片山日幹
東京本願寺輪番   金倉儀一
本門寺貫首   金子日威
明治神宮宮司   甘露寺受長
天台宗宗務総長   木下寂元
全日本仏教会理事長   来馬道断
みそぎ教管長   坂田安儀
聖観音宗管長・浅草寺貫首   清水谷恭順
築地本願寺輪番   下川弘義
日本カトリック東京補佐司教   白柳誠一
仏所護念会会長   関口とみの
日本基督教団総幹事   高倉徹
浄土真宗本願寺派元総務   高辻恵雄
国柱会主幹   田中香浦
真言宗智山派宗務総長   田中隆恵
日本カトリック中央協議会事務総長   田村忠義
明治神宮権宮司   伊達巽
大本祭教院議長   出口伊佐男
浄土真宗本願寺派宗務総長   豊原大潤
真言宗智山派管長   那須政隆
大本山永平寺別院監院   丹羽廉芳
立正佼成会会長   庭野日敬
臨済宗円覚寺派宗務総長   長谷川痴堂
神社本庁事務総長   林栄治
真言宗豊山派答長   平林宥高
日蓮宗管長・身延山法主   藤井日静
天台宗妙法院門跡   三崎良泉
妙智会理事長   宮本丈靖
臨済宗向嶽寺派管長   三輪燈外
真宗大谷派参務   嶺藤亮
身延山総務   望月日雄
大本山永平寺副貫首   山田霊林
イエズス会司祭   ヨゼフ・ピタウ
    (五十音順)
 記念講演
父・尾崎咢堂を語る   尾崎記念財団理事   相馬雪香
宗教者の自覚   永平寺副貫首   山田霊林
世界政府と世界社会   元法政大学総長   谷川徹三
人間性の回復   評論家   佐古純一郎
国家時代から人類時代へ   神奈川大学教授   大熊信行
人間尊重と世界連邦運動   社会評論家   安積得也
科学より見たる宗教   鹿島建設顧問   森徹
現代社会と宗教   立正大学教授   久保田正文
ガンジーの平和の哲学   前参議院議員   高良とみ
現下の国際情勢と世界連邦   広島市長   山田節男
いつ、だれがつくる   世界連邦建設同盟教宣部長   小塩完次
一つの世界と日本の役割   世界連邦建設同盟副会長   出口伊佐男
国連を進化させて世界連邦へ   世界連邦建設同盟理事長   加茂儀一
宗教協力と世界平和   立正佼成会々長   庭野日敬