第五節 部落と共同

 「日本の社会が崩壊するほどの大変転に襲われ、他のすべての集団がついえても最後に残るのは、あるいは最後についえるのは部落だと思う」      
                           (きだ みのる)
 これほどつよい生命力をもった部落の共同体としての組織は、時代とともに大きく変遷している。今日の進歩した社会においては、その組織の中での交わりがきわめて複雑である。これも家族を核としたそれぞれの人間の生活様式が多岐にわたり、その結び付きは、物質的に精神的に広範でまた親密である。この部落における共同体の深い結び付きは一朝にして成り立ったものではなく、日本の歴史にその大きな足跡を残している。

一、部落共同体としての地域組織の歴史

(一)明治以前の地域組織
 歴史上、もっとも古い地域住民組織に関する記録は、日本書記の孝徳天皇の白雉(はくち)3年(652)4月の条にあるもので、「是の月に戸籍を造る。凡そ五十戸を里となし、里毎に長一人、凡そ戸主には皆家の長を以て偽為せ、凡そ戸は五家相保る。一人を長となし以て相検察せしむ」というものである。
 これが後に大宝律令で完備された制度となった「五保の制度」といわれるものである。「五保の制度」は、相互検察、共同担保、互助共済をおもな内容としている。五保組合の義務としては、
1、五保内の組合員は互に相検察して非違を犯さないこと。
2、組合員の犯罪は互に告発しなければならないこと。
3、保内に強盗殺人があった場合は、組合員は之を救助すること。
4、組合員が旅行する場合は組合へ届け出ること。
5、保内に一家をあげて逃亡したものがあれば組合員は之を追跡捕え、また租税は代納しなければならないこと。
6、扶養するものがない孤児が出た時は、組合員が之を養うこと。
7、組合内で家の絶えたものが出たら組合員は遺産の処分をすること。
8、組合員は同じ組合員のために保証に立つ義務があること。
 以上八カ条が規定され、これが「五保の制度」としてわが国で最も古い自治組織であるといわれている。
 鎌倉時代になっては、「保」とは都市では街区を表わし、地方では庄園郷保の間の一区画を称するようになった。
 室町末期から戦国時代にかけては、近隣が相より、外敵に備える必要から、京都には組町が、地方には郷町村等に小団結の組合をつくるに至り、隣保が互いに検察して、向う3軒両隣同罪に連座する規定を生じていった。
 慶長2年(1597)豊臣秀吉は「掟書」を布令して、士に5人組を、下人には10人組を組織させた。この掟書は辻斬り、一揆、盗賊などの悪逆をしないこと、もし、組中より出たばあいは、これに対する成敗には異議を唱えぬこと、他の者から追訴されたら、その者を使用している主人は訴人に対して金子を与えるべきこと、など治安維持を眼目としたものであった。さらに慶長8年に徳川家康が京都の市内に10人組の制度をしいて、その中の1人が罪を犯せば、他の9人も同罪とした。
 このような制度を継承して完成させたものが江戸時代の5人組制度である。この制度を設けた当初は浪人狩りやキリシタン禁圧など、もっぱら治安維持を目的としたものであった。次第にその利用価値も拡大され、住民自治に関する用務も制度化されていった。完備された「五人組制度」では5人組の用務として租税・宗教・駅伝・営業・身分・勤倹貯蓄・民事・刑事・訴訟に関することなど、きわめて多方面にわたっていた。
(二)明治以後の町内会・部落会・隣保制度のあゆみ
 明治維新とともに「五人組制度」は廃止されたが、近代的統一国家の建設にむかって邁進していた為政者は、この「五人組制度」によってつちかわれた住民組織の実体としての共同体に着目し統一国家への土台として、これを積極的に利用しようとした。明治11年(1878)7月のいわゆる三新法の制度は、その第一の布石であった。
 三新法というのは、郡区町村編成法(大政官布告第17号)、府県会規則(同第18号)、地方税規則(同第19号)に対する当時の通称である。この三新法が地方自治制度の基礎をつくり、地方行財政制度に画期的な改革をもたらしたのである。郡区町村編成法というのは、明治5年(1872)に制定された大区、小区による行政区画を廃止して、旧慣の郡と町村を復活させ、また、郡区町村を行政区として再編し、郡に郡長、区に区長、町村には戸長をおいて行政官としたものである。
 このような性格の三新法の制定によって「5人組制度」で培われた共同体は、実質的にはそのままの形で伍組、組、区、あるいは後の部落会、隣組、町内会として、温存されたのである。
 これらの部落共同体組織は、わが国の近代化の進展にともなう都市の発達や、農村の地主制の展開の中では、行政の補助機関としての機能がますます増大していった。
 昭和15年(1940)には行政的要請から、市町村の補助的下請組織として、全国的に、町内会、部落会の組織が整備され法制化し、実行組織としての隣組制度が確立されたのである。
 隣組制度は、この年に内務省訓令に基づいて設けられたもので、十戸内外を基準にして、かつての「5人組制度」などの旧慣をとり入れて組織され、組長のもとに常会が定期的に開催された。
 昭和17年(1942)これらの組織は、大政翼賛会の指揮下におかれ、隣組長は翼賛会の世話人となった。昭和17年7月現在で全国(内地)の隣組の数は1,033万だといわれている。昭和18年(1943)に市制、町村制が改正され、部落会の町村会は地方行政制度の一環として法的根拠を与えられた。町内会、部落会は隣組組織を下部機構として、物資配給、貯蓄、国債の消化、政策伝達、防空活動などの業務とともに、精神面でも戦争政策に積極的に協力する組織となった。したがって、隣組は隣保団結の名のもとに、これらの業務の遂行と私生活の相互監視の役割を果たしたのである。
 昭和14年9月に発せられた通牒による隣組実践網系統図は次のようである。
 実践網の組織や運営については、常会長(区長)、副会長(区長代理)隣保組長をおき、部落、区、隣保組内のそれぞれの事項を協議し、目的は上意下達、下意上達の場とした。そして特に実践事項の徹底に最重点を置き、毎月定期的に必ず開催したのである。当時の豊岡村部落常会の実施状況をみると次のようである。
一、名称 村落部落の部落名を冠し、○○向上会と称す。
二、目的 各部落民相互に精神生活の向上、経済生活の更生、郷土愛の発揚融和協調親和共栄の実を挙げもって本村振興発展に寄与する。
三、沿革 各部落に最寄相談会と称するもの在るも昭和十一年七月これを解散し、向上会を設置し現在に至る。
四、会場
五、司会者指導者・当該部落の社会教育委員、区長を責任者とし、これに所属内に住む役場吏員、学校職員、各種団体長、僧侶、学務委員等を関係指導者とする。
六、定例日、毎月一回十五日夜定例会をひらく。必要に応じて臨時にひらく。
七、会衆の種類、員数、部落の戸主、主婦、男女青年団員各別又は同時に開催、員数は大略集会各戸一名とし、各向上会とも二十名〜六十名とす。
八、施設事項
1、生活改善申合せ事項の励行
2、経済更生申合せ事項の励行
3、神社仏閣の清掃、戦勝祈願
4、道路の修繕、標識樹立
5、選挙の粛正
6、慰問、慰問文、慰問品の発送
7、その他の事項
九、実施状況 各部落向上会においては施設事項中より、その都度必要に応じ、実施事項を談合協議して決定域は積極的に実施事項を協議し合い、生活改善事項申合せ。或は戦勝祈願、慰問、慰問品、労力奉仕等、喜悦の中に語り合い適切なる方途に下に、実施活動しつつあり。
 更に備考に
一、常会に於ける前後行事は、静座黙祷、国家斉唱、遙拝、静座黙祷に終わること。
二、常会は委員会において、協議決定せる事項を周知し、之が徹底をなすこと。
    (原文のまま)
 当時、国民全体に広くうたわれた隣組の歌は
とんとんとんからりんと 隣組障子をあければ 顔なじみまわしてちょうだい 回覧板知らせられたり 知らせたり
とんとんとんからりと 隣組あれこれ面倒みそ しょうゆごはんの炊き方 垣根ごし教えられたり 教えたり
 第二次世界大戦も激しさを増し、物資も欠乏してくると、タバコ、煮干、砂糖などをはじめ多くの日用品が隣組を通じて配給される制度に変ってきた。また農家では、軍馬の飼料にする干草の供出、松根油をとるための松根の供出までした。
(三)戦後の部落会、町内会
 敗戦後の昭和22年GHQ(連合軍司令部)は、戦争体制を支えたものとして、政令第15号によって部落会、町内会の解散を命じた。しかし実質的には部落会、町内会の組織は依然として存続し、部落内の自治や共同利益に関する問題については、従来どおり協議され運営されてきた。
 昭和27年独立とともに部落会、町内会の自治活動は再び脚光を浴び、町の末端行政に大きく寄与する結果となった。各部落を代表する区長は、区民の推せんによって決定され、組長、町内会長はまた組、町内からなかば輪番制のように推せんされ、任期はたいてい一年間であるが、これらの役員および活動が規約、会則に基づいて選出されたり、運営されているところは少なく、ほとんどの部落が昔からの慣習によって運営されている。
 成文規約をもつ区の数少ない一例として、大野区の区則を掲げる。
   大野区区則
 第一章 総則
第一条 (名称) 本区は大野区と称し、事務所を大野区長宅におく
第二条 (区域) 本区の区域は身延町分間地図の示すところによる
第三条 (区民) 本区内に住居を有するものは大野区の区民とする
第四条 (区の協和) 本区の区民は郷土愛の精神に基づき和を以て区の福利を図らなければならない。
 第二章 組織
第五条 (隣保組) 本区に隣組制度をおき、左の七隣保とする。
北清子、旭町、栄町一組、栄町二組、平和町一組、平和町二組、平和町三組
 第三章 区民の権利義務
第六条 (権利) 区民は左の権利を有する。
 1、総会に出席し自由に発言し評決する権利
 2、役員に選ばれ、役員を選挙する権利
 3、区の有する財産及営造物を共有する権利
 4、区の用水を使用する権利
第七条 (義務) 区民は左の義務を負う。
 1、決定したる区費を納入する義務
 2、決定したる課役に応ずる義務
 3、区の有する財産及営造物を愛護する義務
 4、区の決定に従う義務
 5、総会には必ず出席する義務
 6、十八歳より四十歳迄の男子区民は消防団に入団する義務を負う。
  但し消防定員による。
 第四章 役員及びその職務
第八条 (役員) 本区に左の役員をおく。
 1、区長        一名
 2、区長代理      一名
 3、区会議員     若干名
 4、隣保組長      七名
 5、庶務会計係     一名
 6、放送係       一名
 7、用水担当      二名
 8、衛生担当      一名
 9、必要に応じ特別委員会を設置した委任されたる事項を審議することができる。
第九条 (任期) 本区の役員の任期は一ヶ年とする。但し補欠の為就任したる者は、前任者の残任期間とする
第十条 (区長) 区長は大野区を代表し、区議会の決議事項及び町の委託事務を執行する。
第十一条 (代理) 区長代理は区長を補佐し、区長事故あるときは之を代理する。
第十二条 (区会議員) 区会議員は区民を代表して区議会の審議にあたる。
第十三条 (庶務会計係) 庶務会計係は本区の事務及び会計事務にあたる。
第十四条 (放送係) 放送係は本区の放送施設の管理運営にあたる。
第十五条 (用水担当) 用水担当は本区の責任に基づき各堰毎に用水に関する一切の事項を掌握する。
 第五章 役員の選出
第十六条 (区長、代理、用水担当) 区長及び区長代理並びに用水担当は新年総会に於いて区民中より選出する。
第十七条 (隣保組長、区会議員)
 1、隣保組長は新年総会に於いて各隣保組毎に一名を選出する。
 2、区会議員は区長が任命する。但し、隣保組長は区会議員となるものとする。
第十八条 (係) 庶務会計及び放送係は区長が指名する
 第六章 機関
第十九条 (区議会) 本区は自治機関として大野区議会を設ける。
第二十条 (区議会の構成) 区議会は左の者を以って構成する。
区長、区長代理、区会議員、庶務会計係、放送係、用水担当、衛生担当
 第七章 区議会
第二十一条 (召集と職務) 区議会は必要に応じて区長が召集、総会の決議事項にもとづく区の業務及び町の委託事務の審議と実行にあたる。
但し区議会は構成員の半数以上の建議がある場合は之を開かねばならない。
第二十二条 (区議会の成立)区議会は構成員の半数以上の出席を以って成立するものとする。但し出席者定員未満が二回以上の場合は適宜出席者に於て成立する。
第二十三条 (区議会の決議)区議会の決議は出席者の過半数の賛成により決定する。但し可否同数の場合は議長が採決する。
第二十四条 (区議会の議長) 区議会の議長は区長が之に当たる。
第二十五条 (重要事項) 区の重要事項と認められる案件(区の財産や施設に関する件、予算や寄付、課役が一定の限度以上に必要な事業、その他区の運営上重要な案件)は総会の議決を経ることを原則とする。
但し緊急または事情止むを得ない場合は総会の事後承認を以って之に代えることが出来る。この場合も極力方法を尽して区民の意見をきき、その総意に副うよう努力しなければならない。
 第八章 総会
第二十六条 (総会) 総会は新年総会、定期総会及び臨時総会とする。総会は区長が召集する。
第二十七条 (新年総会)新年総会は毎年一月二日午後一時に開催し、次年度役員の選出を行なう。
第二十八条 (定期総会) 定期総会は毎年三月に開き、予算決算及事業報告、事業計画の審議承認その他必要なる審議を行ない、役員の交代をなす。
第二十九条 (臨時総会) 臨時総会は区議会の決議に依る時及び区民(戸数)の三分の一以上の請求があった場合に区長が之を召集する。
第三十条 (総会の成立) 総会は区民(戸数)の二分の一以上の出席を以って成立する。但し止むを得ず欠席の場合文書にて委任状を提出することができる。委任状は出席と認める。
総会に於て定員不足が二回以上に達した場合は出席者を以って成立することができる。
 第九章 用水管理
第三十一条 (通水義務)本区が水利権を有する用水は田用水通水期間以外も常に防火及通常用水として通水する義務を負う。
但し田用水の通水期間中も区民は防火及通常用水として使用することができる。
第三十二条 (管理) 区は常に用水の補修清掃に務めねばならない。
第三十三条 (工作物) 区の所有に属する水路に工作物を建造せんとする者は、区議会による承認を得なければならない。
第三十四条 (出水時の措置) 出水時及び洪水時には各用水取り入れの水門及び堰止め責任者は速やかに取外す義務を負う。
第三十五条 (用水の衛生)用水路に汚物、塵芥並びに免険物を投入してはならない。
 第十章 経理
第三十六条 (収入) 本区の収入は区費、寄付金、財産収入及事業収入、課役及反別賦課金並びに雑収入による。
第三十七条 (会計年度) 会計年度は四月一日より翌年三月末日までとする。
第三十八条 (特別会計) 必要に応じて特別会計を設けることができる。
第三十九条 (予決算承認) 本区の予算決算は区長の責任に於いて定期総会に提出し夫々承認を受けなければならない。
  付則
 一、本区則は総会の議決によって改正する事ができる。
 二、放送施設など区有財産運営についての規則、その地区の運営に必要な規則は、別に定める。
 一、本会則は昭和三十六年一月二日より施行する。
  (沿革)    昭和三十六年一月二日制定
          昭和三十七年一月二日一部改正
          昭和三十八年一月二日一部改正
          昭和三十八年三月三十日一部改正
          昭和四十一年四月十六日一部改正
          昭和四十二年一月二日一部改正