二、五人組制度

 五人組制度は、前にも述べたように、江戸時代において一般に行なわれたもので、部落内の共同生活と密接な関係を結んできた。
 五人組は、農工商の3階級にのみ作ったもので、公家・武家及び穢多(えた)・非人の類はこれを加えなかった。また、同じ5人組でも、中央と地方では違っていた、地方についてのべると、五人組には、大小百姓はもちろん、水呑百姓、寺社門前の者に至るまで、1人ももれなく加入させた。
 また五人組は、5戸を一体とするもので、その人数は妻子まで合わせて総勢2・30人くらいであった。
 組には、組頭を選任した。選任の法は、家格による者、選挙による者、役人の任命によるものの3種があったようである。そして、組頭の上に、更に1村の組頭を置き、その上に名主、長百姓があって通常五人組を支配していた。
 五人組の職分は、当初、浪人と切支丹の取締まりをするためにつくられたものであるが、次第に利用が拡大され、貢租の連帯責任を課せられたほか、冠婚葬祭、勧業、道路の修築、屋根替え、罪人追跡、火の番など、あらゆる部落の雑事にあたった。そして五人組はあらゆる場合に相互連帯の義務を負った。
 次に、幕府は、法度(ほつと)を定め寛文4年(1664)には五人組帳という簿冊を備えさせ、組には組帳あるいは連判状などという簿冊をつくらせた。
 なお、五人組帳を手習の手本として、一般に周知徹底をつとめた実証もある。
 御法度書
明治三午年三月朔日        巨摩郡相又村  武田
 五人組御仕置帳条々
一、此の度朝庭より仰せ出で候御条目の趣、堅く相守り御法度に相背かずきっと相慎み申すべく候、五人組の儀、最寄次第五軒宛大小の百姓、地借、水呑まで組合万端申し合せ、妻子召使いの男女に至るまで、諸事吟味仕るべく候、自然不吟味にて悪事等これ有り候わば組中の越度たるべく候、若し申し付相背くものは訴え出すべき事
一、親に孝をつくし主人を尊敬し忠孝道忘るべからず、その内にも勝れて孝行忠悌なる者また毎事正路実体に仕るものは申し出ずべき事
一、組合の内平日身持よからず、農業家職を勤めず惰なるもののこれあらば、判頭は申すに及ばず組合より厚く意見差し加え行跡相直し候様致すべく教導しその上にも組合申聞候儀相用いず不埓の族之有ば名主長百姓へ申し出可く、すべて親子兄弟は申すに及ばず、諸親類むつまじく、仲間組合は勿論、他組たりとも、平日相互いに申合せ、相親み、不束の儀等之無き様仕るべく候。別して五人組は親族同様親しく吉凶共互いに助け合い患難相救い申すべく候。五軒の内一人にても不埓之有るに於ては、五人同罪たるべき事
一、宗門帳は隔年三月迄の内に差出可く候。若し御法度宗門の者これ有ば、早速申し出づ可く候。ご高札の趣、相守り人別、入念に相改むべく宗門改め済せ候。以後召し抱え候下人は、寺請証文を別紙に取り置くべき事
一、印形は宗門帳五人組帳に押し候外に印形こしらえ置き申すまじく候。若し子細之有り印形を替え候わば、名主長百姓は御役所え相届け、判鑑差出すべく候。平百姓は名主長百姓へ相断るべく、名を改め候わば、是また相断り、宗門帳、五人組とも書き改むべき事
一、聟取、嫁取の儀身分相応の者と取組み、祝儀は奢りがましき儀之なき様、分限より軽く仕るべく候。一代の内、度々之なき祝儀振舞にても、一汁三菜に限るべく、大勢集り大酒呑むべからず。新宅の広め、初産の祝など不相応の祝、堅く停止たり。すべて吉凶とも分限より手軽に仕るべき事。
一、養子は親類を選び、相応の養子と致す可し。娘之有り、入聟取り候わば、成丈け親類の内、聟養子と致す可く候。然ども共の娘の年不相応には他人にても相選び、親類納得の上致す可し、養子たとえ実子たりとも親不孝又は不行跡にて、名主、五人組、親類等度々意見加え候ても相用いず、跡式相続致し難く候わば、その訳村役人へ相断り、その上にて之を廃し、他人の養子を致すべく候。然れども父一人の了簡を以て養子と致すべからず候。又は二男三男之有り、惣領病身或は不行跡にて跡式譲り難く、二三男の内へ譲り候節は、是又村役人立会い取極め候上譲り渡すべき事
一、分家分地は本家不相当の分け方致すべからず。高拾石反別一町より少く所持の者は猥りに分つべからず。若し子細之有り、二三男へ田畑分け遣わし候節は届け出で差図請け可し。すべて跡式は存生の内、親類並びに名主組頭立合いを為し書き付け置き、後日出入り之無き様に心掛くべき事。
一、家業を専一に相勤む可く、百姓不似合の遊芸を好み、又は長脇差を帯し喧嘩口論を好み、或は大酒を呑み酔狂を致し悪事を企て又は出入の腰押等致し、或は神水等を呑み、誓詞を書き一味同心と申し合せいたし、徒党がましき儀堅く仕るべからず。すべて人の害になる儀堅く禁制の事。
一、百姓衣類結構なるものを着すべからず。名主は養子とも絹、紬木綿之を着す可く、平百姓は布木綿の外無用なる可く、綸子、紗、綾、縮緬の類襟帯等にも用うまじく候。男女共乗物に乗ずべからず。家作等目立ち候普請奢がましき儀仕るまじく候事
一、常々喧嘩口論を好み、夜歩行き仕り、風聞宜しからず、名主五人組の意見を用いざる者之有らば早々申し出す可し。若し隠し置き、脇より露顕に及ぶに於ては、其の者は勿論のこと名主五人組迄越度なるべき事
一、他所へ罷り出て二夜三夜も泊りの儀は名主に断り罷り出ずべく候。若し他所へ奉公に出で候か又は用事之有り他国へ罷り出で候わば、その子細前広に名主長百姓に相届けべき事
一、農業は常々出精致し、種物相選び植付け申すべく候。蒔時節後れに成らざる様心掛け、耕作草取り念入り、用水等に心をくばり、組合は互いに励まし合い相勤め申すべく候。勿論村役人折々村中見廻り、耕作懈怠之無き様申付け可く候。万一無精にて、作荒し候者之有らばきっと詮議遂ぐ可し。若し孤独病人その外の訳之有り耕作成し兼ね候もの有らば、親類、五人組は申すに及ばず、村中にて助け合い、田畑作り荒し相成らざる様仕る可き事。
一、人売買い堅く停止に候。さりながら相対にて男女の下人永年季或は譜代に召し置き候とも、又は一か年限りに抱え候とも、慥かなる請人取り置く可く候。主人たる者別して憐燐愍相加え召し使い申す可き事
一、人請の義猥に致すまじく候、さりながら、親類或は出所能く存知慥かなる者に候わば、名主、五人組へ相断り請人に相立つ可く候。自然人請の儀に付き出入り之有り候わば、名主五人組立会い、きっと埓明け申す可き事。
一、博奕、かるた、すべて賭の諸勝負堅く禁制の事、若し違犯の者之有るか又は右の宿致し候もの之有らば重き咎申し付く可き事
一、遊女、野郎すべて遊者の類一切村方へ差し置くべからず。一夜の宿をも仕りまじく候。且つ歌舞伎、能、操、角力見世物の類願い之無く、村中に興行致す可らず、分郷或は村隣の地続き、境見まぎらわし地所に先方より興行致し候わば、共の段早速注進す可き事
一、押売り押買い禁制なり。衣類諸道具又は門橋等之はずしの金物類出所知らざる売り物買い取りの儀は申すに及ばず、質に取り、又は預りにても請人之無き質物堅く取り申すまじき事 
一、田、畑、山林永代売買御停止に候。田畑を質に取りたる者。作らせ置き、年貢諸役は地主より勤め候は勿論、切地などに致し候儀堅く仕るまじき事
一、田畑永荒れの場合起し返し又は年季鍬下引の場合起き返し切添え新開等之有らば早速申し出ず可し、若し隠し置き後日相知れ候わば地主は申すに及ばず、名主、組合まで曲事なるべき事
一、山林伐り荒し並びに野山刈り荒し申すまじく候、居宅四壁の木にても目立ち候大木は猥りに伐るべからず。御林竹木は勿論枝葉下草たりとも差図の外刈り取るまじく候。川筋流水枝葉之無き材木は、其の所に引上げ置き訴え出ずべき事
一、川筋大水の時、名主始めすべての百姓残らず罷り出で堤川除切れざる様相防ぎ申す可く候。道橋損し候わば往来の障、田畑作物の障等に成らざる様小破の時分に早速修復を加う可く、自ら普譜成し難き場所は訴へ出で吟味逐ぐ可く申し付く可く候。且つ又往還筋請所の丁場に常々油断なく、道橋破損之無き様心掛くべき事
一、用水の掛引常々組合村々申し合せ置き諍論之無き様に仕る可く候。水論、地論、山論等出来申さ不る様平日心がくべく、尤も右等の場所へ百姓不似合の刀脇差鑓長刀等を持ち参り合い荷担者之有らば、その科本人より重かるべき事
一、堀溝を埋め又は道をせばめ、秣場、林際、山際を切り添え、或は川添河原等開発田畑仕出すべからず。前々より之無き処へ新道を付け馬入り仕る可らず。若し道附け替又は新溝堀立申さず候て叶不る所有らば屈出で差図を受く可き事
一、御年貢は大切の品に付き成丈米性相撰び、籾砕・青米・死米等の分撰び出、縄俵入念二重菰小口かがり等摺縄にて、同様に仕立て升目欠減之無き様入念に斗り立て、中札に国郡村名、年号月日、米主・名主・舛取・名印仕り改役人姓名印形いたし、外札は竹にても木にても表方に何年御年貢米何国何郡何村何某納、裏方に貫目書き記し、荏、大豆も同然たるべく、津出船積の節俵損ぜざる様随分入念に取扱可く候(以下略)
一、御年貢免状相渡し候上、大小百姓入作の者まで披見致し証文取り置く可く候。御年貢並に小物成臨時納物共割賦相済せ候わば、百姓一人別に写し取り得心の上銘々印形取り置き申可く候。すべて上納物庭帳入念に納め相済候上、名主方より請取小手形相渡し後日出入之無き様仕可く候。御年貢村入用一所に割合申すまじく候。若し名主長百姓割賦仕方等直さ不るの儀も之有らば訴え出べく、且つ御年貢米金初納に出精致し相納め触日限通りに触れ。きっと皆済致す可く候。万一不納致し欠落仕候百姓之有ば、親類、五人組並名主、長百姓弁納致す可候。勿論皆済仕ら不巳前穀物一切他所へ出すべからず事
一、御年貢米入置候節は、郷蔵番昼夜油断なく相守り、別して火の元入念、火災盗難之無き様仕可く候。若し等閑故障之有候ば、番人は申すに及ば不、村役人迄越度たる可く、尤も御用の置米郷蔵より出し候節は名主一人にて封印切申すまじく、村役人立会の上開閉仕る可き事
一、検見の節は申すに及ばず、平日とも御役人並びに妻子召仕之下々に至る迄、金銀、米銭、衣類、諸道具其他軽き品たり共、音物、賄賂等決して相成らず候。勿論村方に於て貸借等一切致すまじく、万一心得違い無心申し非分を掛るの儀等之有らば早速申出ず可く候。隠し置き後日露顕に及び候わば村役人共越度為るべき事
一、御役人御用に付き出役の節、休泊賄代は御定の通り相渡候間、一汁一菜にて相賄い馳走がましきの儀決して仕るまじく候。御用又は村用にて村中の百姓名主方へ寄合候節は、無益の酒食堅く仕るまじく候。村中の費成る丈相省き候様心懸べく候。若し無益の費用有るに於ては名主長百姓曲事たるべき事
一、御伝馬宿の儀御用早追等相廻候節随分大切に仕り、時刻を移さず先宿へ継ぎ送り刻付の請取書取り置く可く候。尤も御用の人馬は申すに及ばず、脇街道にても往来の駄賃人馬昼夜を限らず滞り無く継ぎ立て申可候。すべて助郷村々人馬触当ての儀は問屋年寄吟味致し猥りに人馬触当て申すまじく候。宿馬を差図し置き勝手よろしく荷物附候様成儀一切仕るべからず、且つ助郷へ人馬触れ来たり候はば刻限違はず之を出すべし、若し人馬割り心得難きとも先ず滞りなくすべし。若し人馬割り心得難きこと候とも先ず滞りなく出し置き、後日に申し出ずべきこと
一、捨子、捨牛馬堅く仕る可らず。若し他所の者捨て置き候わば、捨子は村中にて養育致し置き、早速訴出可候。捨牛馬並に放牛馬村方へ来り候わば、見出次第名主、長百姓へ之を告げ、村中立合詮議致し、持主知れ候ばその村の名主並びに牛馬主より手形を取り相返しその上早々届出可事
一、馬の筋をのべ候儀御停止に候。牛馬売買仕候ば、出所聞届け請人を取り、五人組へ相断り売買仕可候。出所慥成ざる牛馬は買取るべからざる事
一、社人、出家、山伏、行人、道心者又は非人穢多の類まで常々吟味致し胡乱(うろん)なる者差置くべからず、尤も社寺の社人、住僧替り候わば届け出ずべく候。新規の社寺建立堅く停止為るべく候。且つ又小祠念物題目の石塔、供養、庚申、石地蔵の類、田畑、山林又は道端等へ一切取立てまじく候、祭礼、仏事、日待ちの類手軽に執行申す可く候。すべて新規の祭礼、開帳等は伺の上差図を受く可き事
一、往来の者村内にて煩候わば医師を掛療治致すべし。歩行叶わず先へ参る儀成り難く候わば、其者の住所承り迎え呼寄候か、又は其所え送り届け、証文取置き申可し。若し相果つべき病体に候わば、送り届け早速訴へ出可き事
一、行衛知らざる者一夜の宿も仕るべからず候。旅人其外何物にも村方地内に行倒死等之有らば、見出し候者早速名主、長百姓へ之を告げ、其の上にて村役人立会い死体並に雑物等相改め、其処に差置き時日を移さず注進致すべし。他所より来たる手負之者は申すに及ばず郷中にて怪しき疵人等之有らば、早速医師外科等相掛け其段訴え出ず可し。且つ亦村中に胡乱なるもの隠れ居り候者之有らば、出所相糺しきっと預り置き其段訴え出で差図を受くべき事
一、似金銀銭、毒薬、似せ薬種売買の事堅く禁制なり。若し違犯の者之有らば、其の科軽からず候。惣じて似せもの一切すべからざる事
一、鉄砲は猟師、威鉄砲の外猥りに所持仕る可らず候。隠鉄砲所持致す者之有らば、重き咎申し付く可く候。猟師たりとも証文の通り親子兄弟にも貸渡し申すまじく候。威鉄砲は御定月の外猥りに打つ可らざる事
一、猟師の外、鳥獣猥りに取るべからず、すべて生類のものを憐み無益の殺生致す可らず。猟師たりとも鶴、白鳥等取候儀堅く停止に候。若し林中に鶴、白鳥売買致し候もの之有ば、早々訴え出づべき事
一、諸浪人を差置き候儀、親類縁者又は不遁者に候わば、其旨名主、長百姓へ相断り御役所へ伺いの上差図を受くべく候。若し他処へ宿替り候はば、之亦届け出で差図を受くべし。自然隠し置き或いは一己之取斗之有るに於ては宿主は勿論村役人迄越度為るべき事。
一、百姓の子供を始、諸親類の内、軽き侍奉公出し其の後在所へ引き込み候ては刀を指し候儀堅く相成らず候。たとへ帰住の後先より少々合力受け候ても刀指し候儀停止に候。自然不詮議に於いては、村役人組合越度為る可き事
一、村中申し合せ火の番相互随分念入りに申すべく候。若し火事之有らば、火消道具を持ち早速駆け付け火を消すべし。出火又は盗賊等之有る節、声、鳴物立候わば村中の者残らず罷り出で相防ぐべし。若し其場へ出合わざる者之有らば村役人きっと詮議を遂く可く、且つ火事場其の外孰れの所にても金銀諸品拾い取り候わば早々御役所へ訴え出ず可し。若し隠し置き、脇より相知れ候わば、曲事為る可き事
一、村中年中の夫銭小入用並びに名主元、筆、墨紙代、村役人共支配御役所へ罷り越し候雑用附立の小入用帳は弐冊相仕立て、前書に惣百姓連印致し候白紙帳正月中に御役所差し出し押切りを受け、右品々の入用弐冊同様には仕立は勿論臨時入用あるいは大造成入用之有る節は、村役人の外高持百姓相集まり相談を遂げ年中の入用記し置き、暮に至り割賦の節も高持百姓立合い廉々相改め、惣百姓得心の上高割致し、翌春弐冊共支配御役所え差出し改を請、押切印形にて一冊は村方へ相渡し、一冊は御役所へ留置き申す可き条、右帳面の外別帳を拵え小入用割賦仕候わば村役人曲事為る可き事
一、村中の者立退き又は逐電或は身上潰れ候て住居し難き儀の者之有らば、早々訴出ず可く、自然他村より子細有り立退き来り候親類たり共、私に指し置く可らず。他所の者村方へ有り附き住居仕り度しと願い出候わば、其の者の出所、家職の様子篤と聞き糺し、先方名主へ相断り慥なる請人相立て請手形を取り之を届出で差図を請う可く候。店借、地借等の者も右同前相心得可き事
一、名主、長百姓は一村の役人長たるものに候得ば、小前末々迄随分憐愍相加え平和に納り候様心掛く可く候。又小前の者は村役人の申し付けを相背き、我意強情申立てまじく候。若し上下共此旨相背き候輩はきっと咎め申し付く可き事右の条々村中大小の百姓堅く相守る可きもの也。
高拾四石九斗三升七合    巨摩郡相又村
                 名主  武田栄六 
             外 六十八名  同様記名 調印
明治三午年
市川
 御出衙

三、組合制度

 江戸時代に行なわれた五人組制度は、地方自治の根拠ともなったが、明治維新の際、政治上の諸改革に伴って廃止され、五人組制度に代るべき相互援助の機関として、自然に形成されたものが組合制度である。したがって必ずしも5戸とは限らないで、10戸内外が部落内の組合を組織し、上組、下組とか東組、西組などと称する場合が多い。
 組内は相互援助によって、自治的に生活の向上を計って来た。
 また、組合と組合の間においては、種々の共同的な仕事が行なわれ、社会生活の上に大きな力となって今日まで続いている。
 組にはたいてい組頭、あるいは組長があって統括している。組合申合、組合規定のあるところもあるが、一般には成文化された規則がなくて、長い間の慣習に従って運営した。
 明治六年四月には市町村伍組編成法により、これらの組は「伍組」とされ伍長がおかれた。また、明治七年以降の合村により旧村を「何々組」と称したところもある。これは今の「区」にあたるもので、前述の「伍組」の連合として旧村の共同意識をうけつぐものとなっている。
 帯金組の「諸事倹約の規定」をあげて見ると次のようである。
 諸事倹約及び 之警規約連署 西八代郡大河内村
 山野狼藉    帯金組 明治十年十一月
 諸事倹約の規約
 方今世上一般金融固塞し随て、物産の価値稼職の賃漸く下落、僅々活路を繋ぐの料を得るもなお難く、各自家計の法方に苦しむに際り、村内一同協議を起し、貧富彼我片党の分別を去り、一旦同轍にきし節儉の規約を創定し連署して以て里正に備え固く互相に警戒して規約に背かざらん事を要す。即ち左に禁戒に箇目を掲げ諸事儉約の規約となす。
第一条 酒用
  一項   婚礼祝儀の饗応は杯觴の大小を問わず、三献を限りとす可し
  二項   三人以上集会してみだりに酒宴をなすを禁ず
  三項   祭典の如きは神酒の外一斉之を禁ず
  四項   葬式供養例祭は之の際は一切之を禁ず
第二条 進物
  一項   神仏参詣の節、餞別等を為すを禁ず
但し下向の際講中より集むる処の神酒の外、本人より一升を出さしむ
  二項   出産見舞と唱うものは男女問わず長子の外之を遣受するを禁ず
  三項   盆料、歳暮、節句、祭祀等に米粉等を遣受するを禁ず。但し信仰により神仏に捧げるはこの限りにあらず
  四項   神仏、社閣建立或は祭祀の為に寄進、勧化、配札の初穂料等を出施すべからず。但し、皇祖の御霊、天照大神の札を受けるはこの限りに非ず
第三条 振舞
  一項   初児身祝と唱うる旧慣を洗脱す
  二項   厄日待と称するものをまた廃止の事
  三項   無儘舞台は一人に付き酒一合宛を献給すべし。限り超ゆべからず
第四条 無儘
  「何講を論ぜず」新規発起を「妄に為すを得べからず」事、実止を得ざる者は其組伍長の案内を以て、伍長総代に願い其許可を得て後加入を乞うべき事
第五条 施物
  一項   無業無用の徒と認めたるもの村内を徘徊する時は煮炊の用具等を貸し、或は止宿なさしむるを禁ず
  二項   村境に予て建札を掲げ、滑稽者及び乞食等自郷に入るを禁ず。若し弁ずる能わずして入り込み門戸に付くといえども一切施すべからず
第六条
  何事と論ぜず遊芸又は之に類する所為をなすを禁ず
 禾菜草木竊取之誓
 凡そ人田圃に禾菜を栽培し山野に樹木竹草を繁殖せしむ誰か之を惜まざるものあらんや。然るに夜間他人の田畑に穂を摘み昼間山野に草木を竊伐する者往々在り是謂ゆる純然たる竊盗と言はざるを得ず。即被害者の憤怒極りなしと雖ども、現場目撃せざるを如何せん。荏苒延て不問に附するに因りて之を犯す者勢甚しく遂に紊れて慣行となるものの如し。因って今回村内協議を遂げ左之通警戒の方法を設け供倶謹慎し不正の所業有るべからず。若し犯すもの在る時は応分の科に処せんとす。為めに一同連署之儀定証を為る左の如し
一、或は稲麦野菜等を竊受したるものあらば、野守に命じて各戸を検察せしめ、自巳の栽培すべき地所なきもの其の品を所有する時は遠慮なく其の故を推尋せしむ。果して竊取したるの証憑を認むる以上、其の盗品を担わせ村内を廻らしむ。但し野守をして護看せしむ。野守につれまわらせる也。盗品は所有者に返戻す。若しすでに売却或は食いつくしたる者は、其の相当の額を以て償わしむ。
一、山野竹林なきものは、入会山に入りて草木を伐するを得べきものなるに。遠路の労をぬすみ近傍なる他人の山野に於て伐刈したるものは、則ち前条にならい其の草木を地主に引取其の一荷を担わしめ、何の某所有山林に於て草木を竊伐したる事由を記したる票札を掲げ村内を廻らしむ。但し野守に護看せしむ。
一、田圃山野或は家屋に積み置く処の禾菜樹木を窃取したる前条に同じ親族或は他人にして窃取品を周旋をなし、或は従容したる者も亦前条に同じ
○以上規約必ず違背之無きため(欠損)
○前条々再び犯したる者は直ちに其(欠損)申告し実決刑に遭はしむ。
                                      帯金組

四、若者組

 鎌倉時代から江戸、明治の時代にかけて、村や部落などの共同体で、青年男子が一定の年齢に達すると、任意加入という形式をとっていたが、実質的には加入を強制されて若者組または若衆組というものをつくっていた。
 この若者組は、年齢による序列をもとに組織され行動する集団であって、その組織と機能はさまざまに変移して、のちの青年団や消防団に受けつがれている。行動のもとになる年輩序列は、身分、財産、学歴などに優越している。
 したがって、若者組の規制力と規則の違反者に対する制裁は、ときには法律以上に強い力をもち、多分に道徳的な圧力をもっていた。
 若者組は、若者宿または、若衆宿といって、常設的に年中泊るところと農閑期だけ泊るところがあった。宿では寝食と娯楽をともにして、共同の村仕事、自警・災害援助・祭礼などの主要な行事はいっさい引き受けて実施していた。ために部落の中における若者組の役割は大きかった。
 次に相又村の若者組御条目を転記する。
   御条目
                                  相又村若者
     定の事
   条々
一、此の度相談の上若者組相立て申す筈に相定め申し候に付き御定目掟書の趣左の通りきっと相守り申す可きのこと
一、先前、御公儀より出し候御制法の儀、いよいよ以て堅く相守り不法のとき捌きなど一向仕るまじき事
一、若者組の儀は十三才を始めとして三十五才までの内は若者の内、それより中老に入り申す可き定めの事附り、他所入りの者此の定書の年より三年のほか若者に入り置き申す可き筈に相定め申し候事
一、村御役人中者申すに及ばず村中古老衆中へ対し慮外緩急仕るまじき事
一、若者頭の儀は残らず相談の上然る可き者相頼み大頭相立て申し何事によらず頭の申し付けに相背き申すまじき事
一、臨時何事によらず人の妨げに成るべき儀は仲間相談の上一向仕るまじき事
一、他所へ諸見物にまかり出で候節も随分相慎み喧嘩口論一向仕るまじき事
一、若者頭の申付けをも取り用い申さず、我儘者之有候わば惣仲間にて一応意見仕り、その上心立て相直り申さず候者之有り候わば村御役人衆中まで相頼み、仲間けんべつ其の上科の品により村追放仕る可き定の事
一、人に勝れ大酒を呑むべからず、惣じて不行跡の取沙汰一向仕るまじき掟の事
一、何事によらず頭相触れ候儀日限刻限等相背かず、寄合い諸相談立て申す可き筈の事
一、何事によらず一味徒党相企て宜しからざる儀仕らず何類熟談の上末々の子供まで相慎み申す可き掟の事
一、惣じて御出家衆中へ対し無礼等仕るべからざること
一、往来の旅人並びに修業者乞食非人に至るまで、取りかまえ申すまじく候事
一、若者ども奢りがましき儀一向仕らず、惣じて分限より過ぎ候風俗等仕るまじく候、何事によらず少々の儀なりとも頭衆中へ相頼みそれより村御役人衆中へお願御下考を請け、其の上能々相談の上とり始め申す可き定の事
一、何事によらず若者内にて無筋なる儀申し候とも、組の小前にて意見仕り得心仕らず候わば其の組頭にて吟味仕り、其の上にも得心之無く候わば大頭方へ相頼み御裁許請け申す可く候。若し又大頭の申し付けを用いず候わば村方御役人衆中へ相頼み、いずれにも御裁許うけたてまつるべき事
一、右前書箇条の通り頭触れ出で候日限刻限相背き出会い致さず候者は、何人これ有り候とも其の組のとり斗いに仕るべく候。其の後不得心の儀も御座候わば内所にて右頭方相糺し相談仕り可く候。無筋の儀申し候て頭とり計い候儀一向違背仕るまじき定に候事
一、当村役人並びに脇村役人へ対して仁義を正す可き事
一、当村寺社方、脇村寺社方右同断に相心得べき事
一、寺社村役人往来の節、馬に乗り行き合い候節は早々降り申す可く候。これは御公儀様並に先祖を敬う道理なり
一、若者は申すに及ばず、子供に至るまで常々もの言い等きれいに直す可き事前書の通り少しも相違之無く候
                     以上
                  名主  印
                  長百姓 印
右の条々きっと相守り、此の連判の者一人も相背き申すまじく候。若し相背き申すもの之有らば前条御ヶ条の通り、とり仰せ付けべく候。後日の為定書によって如件
  相又村  
明和七庚寅年六月大吉辰     大頭  
   三衛門 印  
(註、組下人数七十二名連署押印)  
右者従前被渡置候条目此度書替相渡候間年々若者不残出会之上為続聞常々ヶ条之趣可相守候以上
文政三辰年二月 名主 栄助  印
外  村役人 印
大頭 治右衛門
大頭 甚五郎
大頭 菊次郎
大頭 徳次郎
大頭 茂兵衛
大頭 新兵衛
組中 若者中
 
 

五、共同体としての仕事

 部落または組合の共同体としての仕事を全般的に述べると次のようである。
冠婚葬祭 結婚などの祝儀の場合には、組内の婦人は料理の手伝いをする。また披露の席には世帯主が馳走にあずかり、何かと相談相手となる。
 葬儀の場合には、組内の人と当家の親分(あるいは子分)、近親者が集まって、その家の身分財産などに応じ、葬儀の方法、経費その他を定め、終了するまで全部のめんどうをみる。なおこの際、数年前までは、親せきその他への通知に飛脚として組合の者が出たが、最近はほとんど電報、電話ですませている。
無尽 鎌倉時代にすでにおこなわれ、江戸時代には広く全国にいきわたった庶民金融制度で、頼母子講ともいう。組内の者、或いは部落内の一定数の者が集まって組をつくり、各自が毎月一定額を一定期間だし合う。毎月入札、くじ引きなどの方法で組の中の一人を選びだし、選びだされた者がその月に集った金を借り入れるが、定められた期日を通じて掛金を続けることによって、自然に借入金は返済されることになる。こうした無尽がよくおこなわれたが、無尽の中に目的をもった屋根替え無尽、ふとん無尽などは古くからあった。最近では、金融機関の発達と生活の変化によって無尽は少なくなった。
共同利用 部落または組の中で、家庭的な隣保互助の立場から、各種の共同施設や共同の備品、共同の作業などが、各地で行なわれてきた。古くは、共同水車の使用、ひきうす組合などがあり、ぜんわん講、用水組合、農事組合などは現在もなお引き続いて行なわれている。新しいものとして、納税組合、水道組合、電話組合、林道組合、耕耘機組合、養蚕組合、共同炊事などがそれぞれの部落にあって活動している。
橋、堤、道路の修理 春秋二季に、道路愛護デーを町内一せいに実施する。この日には、全世帯から1人の人足が出て、部落内の道路や橋梁の補修、堤の草刈りなどをする。そのほか、台風などにより道路が破損した場合は、部落や組の者が出て復旧作業にあたる。